モルディブと結婚と修士論文 太田洋舟

2024年03月29日

こんにちは、2023年9月に広島大学国際協力研究科教育文化専攻を修了した太田洋舟(おおたようしゅう)です。IDEC及び日下部ゼミには休学期間を含め計4年在籍させていただいたため、これまでの経験や学びを時系列で振り返りたいと思います。簡単なプロフィールは以下の通りです。

●経歴:JICA海外協力隊、小学校教育、モルディブ共和国派遣(2017.7~2019.7)

        IDEC在籍(2019.10~2023.9)

    外務省在外公館専門調査員、在モルディブ大使館勤務(2021.3~2023.3)

●題目:モルディブ共和国の「ムスリムネス」の創出に関する研究 ―青年期女子生徒のスポーツ・体育参加に着目して―

●進路:JICA企画調査員、ソロモン支所(2023.10~)

葛藤と節目 ~大学院生編~

入学からの1年半を振り返ると、それは最も時間的な自由があると同時に、まだ何者でもない自分がこの先の人生をどうしていくのか、研究・調査をどうしていくのか、就活はどうするのか、大学院で授業を受ける中でどこかモヤモヤした不安や葛藤がしつこく憑いてくる、そんな日々でした。また、私は比較的、楽観主義で自己肯定感が高い方と自負していますが、IDECには「努力の天才」たちがゴロゴロいて、そして修論を書き上げた人の背中がとても大きく見えて、不安を感じたのを覚えています。ただ、将来に不安を感じながらも目の前の研究や課題に打ち込むCICEインターンの同期の橋本君や山本君をはじめとする友人、留学生の存在は、励みになりました。これは秋入学後、すぐにインターンメンバーに加入させてくれた日下部先生の計らいのおかげでした。

日下部先生は、JICA海外協力隊での教育現場経験以外は大した取り柄のない私を、親身になりつつも教え込むことはせず、絶妙な距離感で指導をしてくれました。特に、モルディブ・イスラームの宗派の変遷を掴むことの重要性を説いてくれたことは、結果として、数々の学会発表だけではなく修論の柱として位置づけることとなりました。その他にも、専門調査員を受験する際には、「受かるかはわからないけど、出さないと絶対に受からないんだから出してみな、智恵美(当時博士1年、専調経験者)にも見てもらいな。」と背中を押して頂きました。もし、専調に合格していなかったら、最終選考に残っていた経営コンサルに就職して国際協力とは離れた道を進んでいたかと思います。人生、何が起きるか分からないものです。

さらにわからないのは、合格後、私は、帰国後に結婚をするつもりで、後に妻となる彼女と婚約のみしてモルディブに行こうとしていました。そのことを知った先生は、「いや、入籍してからいけ」とおっしゃいました。そういう考え方もあったんだ、と思い、出国前までに当時の彼女と入籍、人生の大きな節目を迎えることができました。当初は妻が日本で仕事をしていましたが、途中からモルディブに来て仕事を始めることができました。また子宝にも恵まれ、ゼミのみんなでお祝いをしてくださいました。振り返って思うのは、私の節目には先生のご指導、また重い一言があったからこそ、今の子宝にも恵まれた幸せな家庭があるのだと思います。

さて、入学後1年半でマレーシア工科大学をはじめとする学生間でのコロキウム(2回)と国際教育開発フォーラムで自身の研究について英語発表を経験しました。発表経験を積み、データ収集の方向性が定まったところで、2021年4月から2年間休学させていただき、専門調査員として2度目のモルディブ勤務へと旅立ちました。

飛躍の2年 ~専門調査員編~

 専門調査員とは、「在外公館の一員としてわが国外交活動に資するため、語学力及び専門性を活かしつつ、在外公館長の指揮監督の下に、派遣国・地域の政治、経済、文化等に関する調査・研究及び館務補助の業務を行なうもの」、「国際交流サービス協会の嘱託職員として採用され、各在外公館に派遣される」とHPに記載があります。正式な立場は外務省に派遣される身分ですが、実際は外交官と遜色ない業務(政務・経済協力・広報文化)を行うものでした。私は政務補助と広報文化の業務を担当しました。

在外公館は「日本外交の最前線」と表されるように、一般的に「政務」が外交官のイメージではないでしょうか。確かに花形だと思います。私は赴任直後、モルディブ政治や国際機関との連携について詳しい知識はなく、半年は業務に着いていくのに精一杯で、政府関係者や国際機関との会議に同席して電報を書くことは大変な作業でした。また、現地新聞やメディア報道もチェックする必要があり、毎日マルチな作業・処理能力が求められました。モルディブ協力隊の経験のみでは到底事足りず、日々勉強して精進してく姿勢を一生持ち続けないと、と、思わせてくれる厳しくも素晴らしい職場でした。また、「広報文化」は基本的に自ら能動的に動いて、日本文化紹介や日本祭りのようなイベントの開催や、大使館の活動を広報するものだったので、多くの関係者と同時に連絡・調整を行う政務とは別の難しさ・面白さがありました。企画好きの方は、公募は少ないですが広報文化を狙うといいかもしれません。また、専調は修士在学中に出願できる国がほとんどであるため、在学中に研究対象国の言語や教育など自身の強みをアピールできれば十分に可能性はあると思っています。

 さて、私は赴任中の2年間、大使館業務だけをしていたわけではありません。2022年5月には、日下部先生に大変なご協力いただき、CICEの「大臣研修」という形でモルディブ・ラシード教育担当国務大臣を東広島に招へいし、日下部ゼミ院生らとともに三ツ城小学校、豊栄小学校、安芸津中学校を4日間かけて案内しました。これは、政策立案者であるラシード大臣が、「規律」や「自律」の精神を育む日本の伝統的な教育を実際に視察することで、今後、モルディブの小学校に日本型教育を導入することを目指したものでした。(https://cice.hiroshima-u.ac.jp/?p=9959

 研究面では、比較教育学会、中国四国教育学会などでのオンライン発表、国際開発学会第23回春季大会で優秀ポスター賞を受賞しました。こうして任期中も研究のモチベーションを下げずにいられたのは、橋本君や日下部ゼミ後輩のフランシス君の存在が大きく、頻繁に連絡を取って現状報告・情報交換をしてくれた彼らには大変感謝しております。日下部先生には、忙しい中で時間を作っていただき、気軽にオンラインでの個人ゼミを通じてご指導いただきました。そして、2022年7月より、修士論文のデータ収集をアリフダール環礁オマドゥ島で開始しました。

フィールドワークで学んだことは大きく分けて2点、①関係性の構築、②インタビュー内容を変えていくこと、です。

 ①2021年11月、JICA海外協力隊として活動した赴任地の校長が代わっており、その方がデータ収集に非協力的であったためフィールドワークを断念する辛い経験をしました。困っていたところ、草の根無償支援の関係で大使館を訪問していたオマドゥ島校長と知り合ったことから関係が始まり、挨拶も兼ねてオマドゥ島のイード・アル=アドハーに必死に参加したことを覚えています。モルディブ人しかいないイスラームの島をあげたイベントに、1週間日本人が1人参加しているという、文化人類学者になったような気分でした。ただそこの関係構築に全力を注いだお陰で、全島民が私のことを受け入れてくれて同年9月の本調査では非常にアットホームな空間で36家庭へインタビュー調査を行うことができました。②ただし、インタビューがすべて予定通り行えたわけでなく、フィールドワークは試行錯誤の日々でした。最初の数名の保護者へのインタビューで、私が聞きたいことを引き出せる質問が思いのほかできていないという事実を突きつけられました。結局、納得のいくレベルのインタビューができるようになったのは10名ほど経ってからでしたが、これまでのゼミ発表や友人との切磋琢磨があったからこそ、修正を加えながらベストな選択肢を吟味してある程度納得のいくデータ収集を行うことができたのだと思います。

 また、大変光栄なことに、オマドゥ校との交流は現在も続いております。今年、東広島市立高美が丘小中学校とオマドゥ校でオンライン児童生徒交流プログラムが2回ずつ行われました。このような個人的な研究の繋がりが東広島市の児童生徒・教員へと波及していくことは、想像していませんでした。これからも人との「繋がり」や「義理」を重んじて、自身の業務・研究分野に籠ることなく、広い視野を持ち続けられる人材でありたいと思います。(https://cice.hiroshima-u.ac.jp/?p=10508

激動の半年 ~修論執筆編~

 2023年3月末の帰国後から、同年1月に生まれた長女とともに家族3人での西条生活が始まりました。まず、残っていたインフォーマント(保護者34名、生徒36名、教員15名)のインタビュー結果の文字起こしから開始しました。ディベヒ語の翻訳が難航して5月末までかかってしまいましたが、先生には「修論の基礎トレは十分」と太鼓判を頂き、急いで分析に入りました。結論では、モルディブにおいて女子生徒がスポーツ・体育参加になぜ消極的になってしまうのかを、イスラームのサラフィー化ないし保守化する社会に着目して、男子生徒と比較しても女子生徒は保守的な「ムスリムネス」を創出していることが背景にあると突き止めました。また、スポーツ・体育参加における「ムスリムネス」は、他者や環境の影響を常に受けながら、個人の中で様々な要因が毎秒のように組み合わさり、継続的に創出され続けていることを解明することができました。

 モルディブに6年間関わっていることもあってか、最後の半年でこれを纏め上げることができるのか、不安を抱えて帰国したのを覚えています。そして修士を取得した今、自身のモルディブ研究にひと段落着けることができたことで不安が誇りへと変わりました。最後の半年でやっと、研究の面白さ、自分のこれまでが積み上がっていく喜びを味わうことができたと同時に、研究の孤独さ、家族がいる中での時間確保の難しさ、博士学生との熱量の差など、これまで感じ得なかった世界・感覚を知ることができたのは大きな財産になると思っています。ただ、こうして4年前に少しは憧れた修論を書き上げた側の立場になったわけですが、そこに圧倒的な差があるかと言われればそうでもないような気もします。それは、例えば、イスラームの宗教力が強い島との地域間比較、国代表レベルでスポーツを行う青年期女子生徒との比較など、まだまだ研究のアイデアがあったと思う自分がいるからなのかもしれません。4年前に日下部先生が、「研究なんて、どこかで区切りをつけないと永遠に終わらない。修士学生の研究に区切りをつけてあげるのが自分の役割」と話してくれたことを寄稿中に思い出し、まさにその通りになったんだな、、としみじみとしています。

 また、妻・香穂の支えなくしては、専門調査員を経てIDECを修了することはできませんでした。そして長女・緒海がいるからこそ、将来自分が生きてきた道を誇って話せるように、目の前の修論を最高の形で書き上げ、次のステップに進んでいこうと強く思うことができました。本当に感謝しています。

研究観をもって現場へ ~未来編~

 さて、私は所帯持ちですし、貯金の切り崩しが尽きる前に本当に働かなければなりません。企画調査員としてJICA海外協力隊事業を現場から支えるため、JICAソロモン支所で10月半ばから勤務が始まります。「将来どうするの?」とサラリーマンや公務員の友人に聞かれることがありますが、キャリアプラン通りに進むほど国際協力の世界は甘くないはずですので、あまり先のことは考えず、日々精進しながら、ソロモン生活を楽しんでいきたいと思います。

ただし、在外勤務だからといって現場感のみに頼るのは、日下部ゼミを出た意味がないとさえ思うので、そこには注意して、研究観を捨てずに開発途上国が抱える諸問題にアプローチしていきたいです。そして、業務を通じてソロモン教育研究等も進めつつ、日下部先生にフィールドワークへ足を運んでもらえるような自分でいたいと心から思います。

日下部先生、そしてゼミ生の皆さん、4年間大変お世話になりました。先生には、研究やキャリアプランなどの枠組みを超えて、人として成長させていただきました。2019年7月、初めて研究室を訪ねて研究計画書を拝読・アドバイスを頂き、学食で昼食を取った日の光景が今でも私は忘れられません。日下部ゼミで学んだこと、そして修士号を心に刻んで世界で活躍したいと思います。これからもKゼミファミリーとしてよろしくお願いいたします。

2023年9月30日