研究室インタビュー

2020年12月18日

日下部達哉

1973年福岡県福岡市生まれ。
2006年九州大学大学院人間環境学府発達・社会システム専攻博士課程で博士(教育学)取得後、京都大学大学院教育学研究科で日本学術振興会の特別研究員PD、早稲田大学イスラ-ム地域研究機構研究員を経て、2010年より現職。

研究内容について

 研究領域は比較研究学。インドやバングラデシュといった南アジアの教育研究を行っています。私がこの研究に興味を持ったのは、大学時代バングラデシュの留学生の家に遊びに行ったのがきっかけでした。その友達の家は、かなり僻地の農村にあったんです。きちんとした教育を受けさせている家庭が少ないのでは、と考えていたのですが、意外なことにほとんどの子どもが学校に通っていて、かなり貧困層の家庭でも家庭教師をつけるほどでした。当時、バングラデシュではなぜ教育が拡大しないのか、あるいは教育を充実させるための処方箋を求める研究は多かったです。しかし農村の実態を知るにつれて “バングラデシュの下位階層の人々は、教育に何を求めているのか、教育の先に何を見ているのか?”という疑問がわきあがり、農村の家を一軒一軒訪ねあるいてデータを集めていきました。

 ゴールドマン・サックス社が提唱したネクスト11をご存じですか?経済大国への成長が期待される11か国のことで、ベトナム、韓国、イラン、インドネシア、トルコなどと並んでバングラデシュもその中に入っているんです。今なら、バングラデシュがその中に入ってくることがよくわかるくらいの発展ぶりですが、人々は経済が発展すれば、農業に従事するより、定期的に賃金を得られる仕事に就きたいと思うようになります。そのとき、教育を受けさせることは、彼らにとっての第一歩で、かなりの切実さで教育を求めているのだな、ということが伝わってきました。

現地に行って直接話を聞くことの大切さ

 “研究は頭でなく心で、データは手ではなく足で”というのをモットーにしています。アジア・アフリカの農村の家庭を訪問しても、最初はみんな無難な答えですよね。いきなり外国人がやってきてるわけだから。しかし何度も訪ねて、「あら、また来たの」といわれて、そのうち「ごはん食べていきなさい」というような仲になってくると、話の中にいろいろな本音がにじみでてくるんですね。もちろんそうなるまでに根気がいるし、体力も使います。また、研究が腐らないように、できるだけファクトファインディングな研究にすることも心がけています。そこはあまりトレンドに流されないようにして。

 最初、バングラデシュの農村に行ったのが1999年。その10年後の2009年に再度訪問して、10年前に出会った子どもたちがどう成長しているのか調査しました。そして、昨年2019年から20年後の農村の姿の研究を再開しました。20年後というと、当時赤ちゃんだった子どもが成人して、その頃の教育の結果が出ているんですね。結論からいうと54名の子どもたちのうち、毎月給料をもらうような職に就いていた、あるいは教育を継続していた「元子ども」が14名でした。そのうち女性は1人で、失敗しても根気強く後期中等教育修了試験を受け続けていました。教育を受けたからといって、希望する仕事に全員が就いている状況にはなっていませんでした。やはり女性のほとんどが学校を中退して15歳~16歳で結婚するという風習が根強く残っているんですね。今後はいかに子どもたちに質のよい教育を与えていくのかが問われているのでは、と思います。

イスラームの学校、マドラサの研究について

 もう一つの研究の柱がイスラームの学校であるマドラサです。マドラサは政府から公式に認められていたり、いなかったりする、国によっても多様な立場にある教育の場なのですが、農村部の調査中、なぜ子どもを、認可の無いコウミ・マドラサといわれるマドラサに行かせる人がいるのか、不思議に思ったのが研究をスタートさせたきっかけになりました。マドラサの人たちはどういう戦略をたてて生徒を募集しているのか、マドラサ側の戦略も研究対象にしています。

 バングラデシュでは子どもが3~4人いれば、1人はマドラサに入れるのがよい、という言説があります。子どもをマドラサに入れると、その親は宗教的義務を果たしたことになって、天国に行けるということが信じられているんですね。また無認可のマドラサも、独自の学位を出すので、卒業後、宗教関連の仕事に就く生徒も多い。例えばサウジアラビアの大巡礼(ハッジ)に行くのに、多くの人々が旅行会社を使いますが、宗教的な知識やアラビア語に詳しいマドラサの学生は重宝されますし、最近のマドラサの生徒は英語も使えるようになってきています。また、ラマダンという断食月には、マドラサ出身の生徒でなければできないお祈りもあります。

 近年では、マドラサも子ども達を集めるべく、教育内容を改革していて、単に宗教的内容を教えるのみならず、社会で求められる英語や、コンピューターの技術にも目を向けています。そこでは以前では考えられなかった価値観を、知識として学ぶなど、多様化した別の価値と共生しようとしています。

今後やってみたい研究

 教育も世界中で改革が進んできていて、学校が提供する教育の質が問われるようになってきています。教師のスキルも上げないといけないし、教育コンテンツの質もあげないといけない、いろいろなプレッシャーを受けています。世界中の学校でそうしたことへの対応はどうしているのか、いまの子どもたちにとって望ましい教育環境とはどう考えられているのか、今後はそれについて世界的に比較をしていくような研究をしていきたいですね